小柴恭男
ホームページ

本文へジャンプ
お気軽にご意見・ご感想をお寄せ下さい。
電子メール kosiba@jcom.zaq.ne.jp
掲示板
自己紹介と自叙伝はこちら
ここから本文

更新履歴


最新情報

掲示板はこちら

急に暖かくなった高輪を歩く

 2月最後の日曜日、青木さんと高輪の高台を警察・消防署から高輪皇族邸まで歩いた。途中の明治学院は管理栄養士、東海大は英語検定のテスト会場だった。大勢の若者が中で頑張っていることだろう。
 元・高松宮邸も今は上皇上皇后両陛下のお住まいだ。たくさんの警護の警察官がいた。日本ヒーターで電気パン焼き釜を納めたのも懐かしい。
 そのあと伊皿子坂の上で東京歯科大学の記念碑を見て、亀塚公園に立ち寄り、伊皿子坂に向かった。枝光舎付属幼稚園、伊皿子保育園、犬のホテルを見て、NHK交響楽団の練習場を通り、泉岳寺に立ち寄った。急な坂道を上がり、高輪幼稚園に続いて私の卒業した高輪台小学校を通り、高輪台駅の横から頌栄女学院・今里地蔵を右に見て坂を下り、目黒通りに出てから目黒駅まで歩いて自宅に戻った。
 1万歩歩いた。少し汗ばんだ三寒四温の暖かい日だった。

写真1
写真1:上皇上皇后両陛下の御所。入口に警護車輌が停まっています。
写真2
写真2:上皇上皇后両陛下の御所。プリンセスミチコ(薔薇)が移植されています。
写真3
写真3:上皇上皇后両陛下の御所。ご移居記念樹の案内板。
写真4
写真4:上皇上皇后両陛下の御所。プリンセスミチコの前で記念撮影。
写真5
写真5:東京歯科大学発祥の地記念碑。
写真6
写真6:伊皿子坂より。
写真7
写真7:芝三田台町公園。
写真8
写真8:枝光舎付属幼稚園。
写真9
写真9:港区立伊皿子幼稚園。
写真10
写真10:伊皿子の犬のしつけ教室。
写真11
写真11:NHK交響楽団の練習場。
写真12
写真12:高輪泉岳寺にて記念撮影。
写真13
写真13:大石内蔵助銅像。
* * *

沈丁花で春の匂いを感じます

 我が家の狭い庭に、秋の金木犀と共に今年も沈丁花から春の匂いをもらいました。目が見えないので、梅が終わると待っていましたとばかりに、香りを与えてくれて幸せです。
 早く新型コロナの流行が終わり、代々木公園で色々な春の草木の中を走りたいです。体重の増加を防ぐため、近くを白杖で一人で歩きますが。物足りないですね。

写真
写真:我が家の沈丁花。今年もたくさん咲き、
とても良い香りを放っています。
* * *

近くの自然教育園を散歩

 2月14日(日曜日)、久しぶりに暖かい日。青木さんと自宅から今里地蔵の先、左が品川区上大崎1丁目・右が港区白金台3丁目の間にある、静かな上り下りのある道を散歩した。その間1キロメートル、車にも人にも会わず、コロナとはいえ静かな散歩道で気持ちよかった。
 目黒通りに出て自然教育園を散策したが、こちらも人影はまばらだったので瓢箪池まで降りたが、水面でのどかな早春を感じた。お二人の女性がベンチでおしゃべりをしていただけで、ここも人影はまばら。かつての白金長者の大庭園も静寂だった。
 目黒まで足を伸ばして食事をし、家まで歩いて帰ったが、歩行数は僅か5000歩。あまり運動にはならなかったが、コロナ緊急事態なので我慢した。足が弱くなるのが怖い。

写真1
写真1:瓢箪池の鴨も昼寝をしていた。
写真2
写真2:自然教育園にて、マスクをして白杖を持っている小柴。
写真撮影は二枚とも青木マーくんです。
* * *

首かけスピーカー便利です

 離れたところでもテレビやパソコンの音を大きな音で聴くことができます。

SOUND ASSIST ワイヤレスネックスピーカー
オーディオ・テクニカ製 型番 AT-NSP700TV

 パソコンのそばで音を聞いていると運動不足で身体が冷えます。身体を動かしたり、部屋の中を歩き回りながら聞くことができます。また音量も調整ができ左右のバランスをコントロールできます。
 首からかけるタイプのスピーカーで、左側に電源ダイヤルがあります。ダイヤルを右に回すと電源が入り「電源がはいりました」と音声がでます。そのままどんどん右に回すと音量が大きくなります。左に回すと「電源を切ります」と音声がでます。
 5メートルほど離れると電波が届かなくなり、「送信機からの電波が届きません」と音声で知らせます。そのため、パソコンやラジオを聴きながらベランダに布団を干したり、カーテンを閉めたり、水を飲みに行ったり、トイレに行くこともできます。
 送信機兼充電器側のダイヤルでは左右の音量バランスの調整ができます。非常に便利です。

写真1
写真1:私が実際に首かけスピーカーをかけて、
送信機を手に持っている写真です。
写真2
写真2:送信機の写真。左右の穴にスピーカーを差し込んで充電します。
写真3
写真3:送信機裏側の写真。右から@電源コード、
A光デジタル音声入力端子、Bイヤホン端子となっていて、
コードで聴きたい機械に繋ぐだけです。
写真4
写真4:パッケージの箱と一緒に写した、本体を送信機にセットして
充電している写真です。充電も昔のようにパソコンに繋いだりする
必要はなく、送信機の穴に差し込むだけなので簡単便利です。
フールプルーフの原理で、逆向きには刺さらなくなっています。
充電中はオレンジのランプが点きます。こちらは家電量販店で入手できます。

注釈:フールプルーフとは

機械の誤った操作やセットする向きを間違えても事故に繋がることがないように、予め対策・配慮された設計のこと。身近な例としては、電子レンジは扉がきちんと閉まっていないと動作しないようになっている、自動車のオートマ車はギアがパーキング(もしくはニュートラル)に入っている場合にしかエンジンを始動できない、ウォシュレットは人間が座っていることをセンサーが感知しないとボタンを押しても水(またはお湯)が出ない、など。


* * *

氷雨にも小雪にも負けず、白梅が咲きました

 1月24日(日曜日)、小雪交じりの氷雨の中、白梅が去年よりずっと早く綺麗に咲きました。東京で見る雪は今年最後にしたいです。まもなく節分ですが、今年は珍しく2月2日で、豆をまいてコロナを撃退したいですね。一陽来復。

写真
写真:夕方の5時過ぎ、少し暗いですが白梅が咲いています。

 1月28日(木曜日)、また雪が東京に降りました。♪雪が降る あなたは来ない。コロナの感染者が東京で1000人、全国で4000人をオーバーした。山陰・北陸から東北・北海道まで積雪が増えた。コロナも追い打ちでどこにも行けない。♪あなたは来ない いつまでも待つわ。

* * *

都営浅草線、3年後に全駅ホームドアが完成予定

 三田駅が今月完成。東銀座から押上に向かい工事を進め、押上まで完成後に高輪台から西馬込で全駅完成。視覚障害者にとって待ち遠しい。
 京浜急行は平和島の、上りの3番線と4番線ホームに着工、来月の2月に完成予定。
 私は毎日通勤しているので大助かりだ。

 参考リンク:東京都交通局 都営浅草線ホームドア整備について

* * *

太陽光発電照明を角地に設置

 4メートルと5メートルの道路の曲がり角、高さ50センチのところに、夕方から翌日の早朝まで灯る赤と緑の明かりを取り付けた。自動車が左折するときに、歩行者と自転車の安全を守れる。
 暗くなったら自動点灯するし、昼間充電するので、電気の配線や電気代も不要。付け忘れの心配もしなくて済む。工事用で安く買える。
 自宅の曲がり角で、ささやかな安全安心を考えた。

写真1
写真1:昼間の写真(点灯していません)。
ポールに黄色と黒のテープを貼り、目立つようにしています。
写真2
写真2:暗くなって点滅(緑)。
写真3
写真3:暗くなって点滅(赤)。
写真4
写真4:緑色回転灯 車が遠くから交差点を発見できます。
これは10年前から設置してあります。
* * *

三田用水と今里地蔵

 自宅に掲示している地図を更新するために近くを歩いて撮影しました。
 撮影は西村さんです。

写真1
写真1:三田用水の跡地を示す案内板の前にて、小柴。


三田用水路跡

 三田上水は、江戸市街の拡大で増加した水の需要に応じるため、寛文四年(一六六四)に玉川上水の水を下北沢で分水したものです。
 中村八郎右衛門・磯野助六によって開かれたといわれ、代田、代々木、渋谷、目黒を経て現在の白金台、高輪、三田、芝地区に配水されました。享保七年(一七七二)に学者室鳩巣の意見で本所(亀有)、青山、千川の各上水とともに廃止され、江戸の街を潤す水道は玉川、神田の両上水だけとなりました。しかし、三田上水は流域の村々の農業用水でもあったので、嘆願して廃止の翌々年から再び水を引くことを許され、三田用水と呼 ばれて一宿十三ヵ村の用水として使用されました。
 当時の水道は自然に流れるだけでしたので、この付近では堤状に水路を残して通す工夫をしました。ほとんど失われてしまった三田用水路の貴重な遺構は、特に断面がわかるように残されています。また、水路の通っていた位置を示すための色違いのタイルを地上に並べて記念としています。

 昭和五十七年三月設置(平成十九年二月立替)

港区教育委員会
管理 ハイクレスト白金台管理組合

写真2
写真2:今里地蔵の前にて、小柴。

 現在、私の住居は港区白金台2丁目ですが、これは戦後改名されたもので、それまでは白金今里町と言われていました。現在の町内会は「今里町会」と呼ばれており、そこにあるお地蔵さんです。
 ここは政府公認の食肉処理場があり、そのお肉を扱っていた相澤半太郎さんという方が開いたお店が、現在の浅草と人形町にある「今半」となったというお話しがあります。

* * *

初踊りを目黒のスタジオにて、辰巳先生と

 1月4日に辰巳先生と踊った。年末年始コロナで外出しなかったので体重が増え、運動不足で少し疲れた。でも楽しかった。

写真1
写真1:広い鏡張りのスタジオで、辰巳先生とワルツを踊る。
写真2
写真2:練習後、記念撮影。左が辰巳先生、右が小柴です。
* * *

父・小柴茂の五十回忌

 昨年9月の秋分の日に菩提寺の高輪の道往寺にて、亡き父 小柴茂 瑞宝院勲譽茂山榮林居士 の50回忌を家族だけで行なった。
 父の出身地群馬県から大勢の親族をはじめ、子供や孫を集めて、本来7月に行なう予定だったが、新型コロナウイルスの影響で10月に延期し、10月も大勢での法事は困難になったので、皆さんにはお断りして家族だけでの開催となった。
 亡き父に申し訳ないと思ったが、やむを得なかった。

写真1
写真1:本堂にて、左から裕子、智延(勲章をつけた小柴茂の写真を持って)、
柏昌弘住職、その息子の亮佑さん、恭男、淑子。
写真2
写真2:小柴家のお墓の前に小柴恭男が立っています。
* * *

新たにできた港区立郷土歴史館、ゆかしの森

 5年前に作成した自宅付近の地図を更新するため、確認のためガイドさんと近くを散歩しながら確認した。高層マンションとコンビニが増えたので、これを記入し、近くの大使館を記入したり、電話ボックスやポストの位置が変わったことや、上皇陛下のお住まいなどの確認をした。時間切れで年内の作成は出来なかったが、街の様子が変わるのには驚いた。

写真1
写真1:港区立郷土歴史館、ゆかしの森の入口。
赤い看板に白い文字で分かりやすく道案内が書かれています。
写真2
写真2:新たにできた港区立郷土歴史館の前で、
宮本ガイドに写真をとってもらう小柴。
写真3
写真3:アルファルトの上にだまし絵が描かれています。
遠くから見ると立体的な道が続いているように見えます。


ゆかしの杜(旧公衆衛生院)について

公衆衛生院の建物および設備は、アメリカ・ロックフェラー財団から日本政府への寄贈である。援助額は当時のお金で総額350余万ドル建築家内田祥三により設計され、1938年(昭和13年)に竣工した。
旧国立公衆衛生院の建築様式にはゴシック(「内田ゴシック」)の特徴が取り入れられ、城壁のような高層の作りである。白金台の高台に位置し、建物の高さと併せ、広範囲から視認することができた。
昭和57年、日本建築学会によって、典型的な近代建築として選定され、保存に努めるよう要請されている。

* * *

小さな庭に季節を感じます

 このあいだ白い花が咲いたと思っていましたら、時の流れは早いもので気が付いたらこんなにかわいい実がなっていました。

 年末になると昔の人はクチナシの実を栗きんとんの色づけに使ったようですね。渡哲也さんの「くちなしの花」の歌を思い出します。今年8月にお亡くなりになられ、石原軍団も解散して寂しいです。

写真1
写真1:クチナシの枝と小さな実。

 千両も鈴なりになっています。今年は暖かいせいかまだ小鳥が食べにきません。はっと気が付くと一日で一粒残らず無くなってしまいます。千両(センリョウ)の実は葉の上にまとまって、万両(マンリョウ)の実は葉の下で鈴なり、南天(ナンテン)の実はぶどうの房の様とみわけるそうです。

写真2
写真2:鈴なりに赤く実った千両(センリョウ)。

 シロカガ(白加賀)の白梅は例年1月中旬ごろに開花するのですが、今年は暖冬のせいか1週間ほど前にいくつか開花しました。今日カメラを向けたら花はなく、青空のもとつぼみが大きくなっていました。今年は12月に雨が少なくて乾燥しています。
 日本海側の北海道から東北・北陸・山陰地方では記録的な大雪が降り、関西でも雪化粧と言われていますが、なぜか東京はカラカラで湿気が欲しい青空が続いています。

写真3
写真3:シロカガ(白加賀)の白梅のつぼみ。
* * *

多数応募で町内会のクリスマスクイズラリー申し込み締め切り

 百人を越える応募者で盛況。
 予想を越えた正解者で役員の方は大変。火の用心の町内巡回などお骨折りに感謝!

* * *

白金今里町協和会 クリスマスクイズラリー2020

 2020年12月7日(月曜日)から20日(日曜日)まで、白金今里町協和会にてクイズラリーを行うことになりました。
 くわしくは、イベントに来てねをご覧ください。

* * *

89歳の誕生日の食事会を三田川柳会のかたと共に

 11月7日(土曜日)、私の89歳の誕生日の食事会を、三田川柳会の会長、清水副会長、小林幹事をはじめ、14人で「イタリア食堂TOKABO」でワインを飲んだ。撮影はわたしのガイドヘルパーの宮本さんです。

写真
写真:料理を待ちながら、まずは乾杯をしているところです。
右奥から陸雄さん、ガイド、ガイド、啓右さん、ガイド、遊清さん、靖子さん、
左奥から七半さん、艶坊さん、しばらく、ガイド、ガイド。
* * *

燕三条のイタリアンを銀座で味わう

 銀座にある「燕三条イタリアンbit (ビット)」という、新潟の食材と器を楽しめるイタリアンレストランで私の誕生祝を西村さんがしてくれた。
 コロナの関係で7日はどなたからもお断りしていたが歳のささやかなお祝いが嬉しかった。
 金属食器で有名な燕三条のお店で、ナイフ・フォーク・スプーンなどがオリジナルで左右非対称であったり、見えないが食器も、飾り皿がハンマートーンで梨地模様になっていたりすべすべのところもあった。
 前菜のお皿は新潟県の地図のとおりの形で、左が富山県右が山形県、手前が群馬県と長野県になっていた。前方の上に小皿があり、佐渡島の形をしていた。
 
 日本海の魚介類と新潟の野菜や牛肉、平飼いの鶏の卵などで舌鼓を打った。
 資生堂とヤマハ楽器のそばの中央通りに面しており交通の便も最適だ。

写真1
写真1:新潟県の形をしたお皿と前菜。
スモークサーモンのマリネと、生ハムと、モッツァレラチーズのトマト添え。
写真2
写真2:シェフが厳選した旬の魚料理。
写真3
写真3:食器へのこだわりもあり、金色のフォークは魚の形をしていて、
これはノーベル賞の受賞晩餐会で使われるものと同じモデルです。
写真4
写真4:お肉は新潟産和牛のグリルです。
写真5
写真5:左が小柴、右がお祝いしてくれた西村さん。
テーブルには「ハッピーバースデー」とチョコレートで装飾されたお皿に
デザートの手作りティラミスとルビーチョコのアイス、
ブラマンジェが一つずつ器に入っております。
* * *

元ラテンチャンピオンの山本秀美先生のダンス教室

 11月28日(土曜日)今日はガイドさんとダンスのレッスン。元ラテンチャンピオンの山本秀美先生に教わる。練習に集中していたせいか、あっという間の時間だった。

写真1
写真1:左から青木マーくん、中央が小柴、右が愛犬抱えた山本先生。
写真2
写真2:山本先生の愛犬トイプードル。舌を出して愛嬌のある表情をしています。
* * *

目黒にて 4人でダンス 窓開けて

 11月24日(火曜日)午後から目黒のスタジオで、視覚障害の小林さん、金子さん、私と小林さんのご夫人も加わり、窓を大きくあけて、有線の音楽で踊った。
 カラオケをマイク無しで歌い、ウクレレを引きながらマスクをしたまま小さな声で歌った。コロナに負けず楽しかった。

写真1
写真1:ダンスレッスン。小林ご夫妻ペアと、金子昭子さん小柴ペア。
感染症対策の為、マスクをきちんと着用し、
お部屋はしっかり換気していますのでカーテンが風になびいています。
写真2
写真2:良いお天気で窓から明かりが差し込む中で、
2組ともワルツを優雅に踊っています。
写真3
写真3:ご夫妻ペア。しっかりとポーズが決まっています。
写真4
写真4:金子さんと小柴ペア。こちらもポーズが決まっています。
* * *

視覚障害者のための音楽コンサート

 11月3日(火曜日)13時から15時半まで、三田の東京都障害者福祉会館で、港区で明るく友に楽しむ会の文化の日イベント、音楽コンサートを開催した。新型コロナウィルスの感染防止のため、座席の間隔を空けるため参加者は40名に限定。赤とんぼやふるさとなどの童謡や、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」から名曲エーデルワイスなど、合計17曲をみんなで楽しんだ。
 ソプラノの 金木 美沙枝 さん、同じくソプラノの 谷原 めぐみ さん、ピアノの 濱崎 洋子 さん、そして司会の 斉藤 さん、ありがとうございました。

第一部
1. 花の街(作詞: 江間章子、作曲: 團伊玖磨)
2. 歌の翼に(作詞:ハインリヒ・ハイネ、作曲:メンデルスゾーン)
3. さとうきび畑(作詞・作曲: 寺島尚彦)
4. 愛の讃歌(作詞: エディット・ピアフ、作曲:マルグリット・モノー)
5. 月光ソナタ第1楽章(作曲:ベートーヴェン)
6. エリーゼのために(作曲:ベートーヴェン)
写真1
写真1:第一部の演奏写真。左からソプラノで歌う谷原さんと金木さん、
一番右奥がアップライトピアノを演奏する濱崎さん。
谷原さんと金木さんは深紅のドレスを身に纏っています。
舞台上のホワイトボードには黄色い布に黒文字で書かれた
「港区で明るく友に楽しむ会」の横断幕が掲げられています。
写真2
写真2:ピアノの前でマイクを持って曲を紹介する濱崎さん。
黒いのロングドレスを着て椅子に座っています。
第二部 ミュージカル サウンドオブミュージック より
1. サウンドオブミュージック
2. エーデルワイス
3. ドレミの歌
4. 私のお気に入り
5. すべての山に登れ
写真3
写真3:第二部の舞台写真。左から金木さんと谷原さん。
金木さんは薄い藤色のドレスに、谷原さんは若竹色のドレスに
着替えています。
写真4
写真4:ステージの下、一番手前左側が小柴。
ここでサプライズイベントとして、11月生まれのかたに
お祝いの歌をプレゼントしました。
第三部
1. 「秋メドレー」(まっかな秋、ちいさい秋みつけた、村祭り、もみじ)
2. 浜辺の歌(作詞:林古渓、作曲:成田為三)
3. 赤とんぼ (作詞:三木露風、作曲:山田耕筰)
4. ふるさと(作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一)
写真5
写真5:第三部の舞台写真。左の谷原さんは銀色のドレスに、
右の金木さんは珊瑚色のドレスに着替えています。
ピアノを演奏している濱崎さんは黒いノースリーブのドレスです。
写真6
写真6:観客席の写真です。三密を避けるために間隔を空け、
歌声と演奏に聴き惚れています。
アンコール
1. ひとりの手(作詞:ピート・シーガー 、作曲:アレクシス・コンフォート)
2. 今日の日はさようなら(作詞・作曲:金子詔一)
写真7
写真7:司会の斉藤さん。紺色のロングワンピースを着ています。
写真8
写真8:花束贈呈のあと、出演者・スタッフによる記念撮影です。
前列左から小林まさふみ様、小柴、土屋れい子様、大河原様ご主人、大河原様奥様。
後列左から金木さん、谷原さん、濱崎さん。
花束を持っている3名は後ろにいます。
花束は小林さん、土屋さん、大河原さんの3名が手渡しました。

出演者プロフィール

金木 美沙枝(かねきみさえ) ソプラノ
国立音楽大学音楽学部声楽学科卒業。1997年全四国音楽コンクール声楽部門高校生の部において最優秀を受賞。大学在学中、よんでん文化振興財団奨学生に選ばれる。現在、二期会準会員、日本G.プッチーニ協会四国支部、SATOの会会員。
谷原 めぐみ(たにはらめぐみ) ソプラノ
香川出身。大阪教育大卒。東京藝大院修了。ソレイユコンクール第1位、藤沢オペラコンクール第1位、奏楽堂日本歌曲コンクール1位。「フィガロの結婚」伯爵夫人、「椿姫」題名役など数々のオペラに出演。香川県芸術文化新人賞。東京二期会会員、「BS日本こころの歌」メンバー。
濱崎 洋子(はまざきようこ) ピアノ
国立音楽大学卒業。ウィーンムジークセミナー、およびモスクワ音楽院のマスタークラスを修了。現在、「クラシック音楽を気軽に気楽に聴いて欲しい」をモットーに演奏活動中。東京国際芸術協会会員、全日本国際芸術家協会専門家会員。
* * *

Go To トラベルで神奈川県真鶴へ行く

 10月26日(月曜日)、神奈川県の真鶴駅から湯河原温泉の幸太荘(こうたそう)に泊まった。蜜柑山にある小さな旅館で、部屋は10室のこじんまりしたところ。旅行・宿泊の口コミを集めたウェブサイト『じゃらんネット』では神奈川県で2位だとか。もてなしも良く、真鶴の海岸がキレイに見えて、取れたてのお魚で美味しい料理を味わった。
 翌朝、蜜柑山で蜜柑をもぎ取って食べ、入口で若女将と写真を撮った。袋に入れたもぎたての蜜柑を持ってツーショットの写真を撮った。帰り道は15分ほど坂を下り、海の側にある真鶴の干物で有名な、創業明治10年の老舗、魚伝(うおでん)で買物券を使った。
 お土産屋や干物のお店では買物券が使えない場合が多く、セブンイレブンやローソンなどのコンビニでは買物券がつかえると書いてあったが、コロナの影響をまともに受けた小さいお店の救済にならないと思った。

写真1
写真1:幸太荘で蜜柑をとる小柴。たくさん実っています。
写真2
写真2:幸太荘の入口の看板の前で若女将(左側)と記念撮影。
小柴(右側)は手に蜜柑のたくさん入った袋を持っています。
* * *

目黒の八百屋お七(やおや おしち)の墓のあるお寺を散策

 10月25日(日曜日)、青木マー君と自宅から下目黒まで歩いて散策した。秋日和の気持ちの良い散歩だった。
 上大崎に有る大圓寺です。江戸の町の我が家に放火(ぼやで済んだのですが)した罪で火あぶりの刑になった八百屋お七(やおや おしち)にゆかりの有るお寺を散策致しました。お七(おしち)16歳、吉三(きちざ)18歳の淡い恋物語が哀れでした。

写真1
写真1:上大崎に有る松林山 大圓寺の門前に立つ小柴。
写真2
写真2:石碑には「八百屋お七(やおや おしち)の恋人
吉三(きちざ)はその後、西雲(さいうん)と名を改め、
お七(おしち)の菩提を弔うため江戸市民から寄進された浄財を基に
行人坂(ぎょうにんざか)の石畳、太鼓橋を石の橋にした」と書かれています。
写真3
写真3:八百屋お七(やおや おしち)と吉三(きちざ)の物語が書かれた立て札。
以下に原文をそのまま転載します。


八百屋お七と吉三(西運)

 江戸時代、本郷駒込町に住む八百屋の娘お七は、天和2年(1682年)の火事の際、避難のためしばらくの間近くの円林寺に仮住まいしており、その時に寺小姓の吉三に恋したという。お七が十六才、吉三が十八才でした。
 しかし、短い避難生活のこと、やがてれ離れ離れになってお七は吉三に会いたさゆえに乱心し、自宅に火を放ったのです。大事には至らなかったものの、当時は放火は火あぶりの大罪。お七は江戸中引き廻しの上、大井・鈴が森の処刑場で火刑に処せられました。
 その後、恋人吉三は剃髪し、西運と名を改めて、お七の菩提を弔うために念仏を唱えながら諸国巡礼を行脚しました。その後、江戸に戻った西運は、大円寺の坂下にあった明王院(現ホテル雅叙園東京)に阿弥陀三尊仏を祀り、身を寄せながら隔夜日参一万日という念仏行を始めました。浅草寺までの道のりを雨の日も雪の日も休むことなく、鉦をたたき念仏を唱えながら、一万日の行を二十七年と五ヶ月かけて成し遂げました。その夜、お七が夢枕に立って成仏した事を告げたのですが、そのお姿が今現在も阿弥陀堂に祀られているお七地蔵になります。
 西運は集った浄財で行人坂の石畳を直し、目黒川に架かる橋を石の橋に造り替え、社会活動の数々を行いました。そのことを伝える当時の石碑があり、現在文化財指定となり、寺に伝えられています。

* * *

品川駅でホーム転落時の訓練を受ける

 10月23日(金曜日)、JR品川駅でホーム転落のときの実演と説明を受けた。落ちたら大声を出すのが一番良いと思った。
 以前、私は浜松町駅で京浜東北線から山手線に乗り換えるときに、まだホームドアが設置されていない頃だったので、うっかりホームに転落したことがある。幸い、カバンを肩からかけていたことと、丈夫な靴を履いていたので、バランスが取れて転ばずに済んだ。普段から毎週日曜日に走っていたことや、ダンスで足腰を鍛えていたこともよかったと思う。その時は自力でホームにに上がれないと判断し、白杖を高くして大声で助けを求めた。二人の男性が近づいてきて両手でホームに引き上げてくれた。近くに駅員が不在で、二人の乗客に助けてもらい命びろいをした。10秒後に電車が入ってきたのには肝を冷やした。この過去の経験からも、大声をあげて助けを求めるのが良いと思った。白杖も高く上げると、どこに転落したかわかりやすい。
 全盲なので避難場所を見つけることは困難だ。駅により場所が異なっていなければ、何号車の何番ドアに避難場所があると表示してあればよいが、晴眼者のためのもので、視覚障害者には無用の場所だ。まだ少し目が見えていた頃、京浜急行の立会川駅で転落したときは。非常用の階段から一人で誰の助けもなくホームに上がることができた。JRにもあれば弱視の人のために役立つと思う。
 また、説明にはなかったが、一人でホームを歩くときは白杖のほかに視覚障害者と一目でわかる目印をつけておいて欲しいと思った。

写真1
写真1:JR品川駅で実演を受けるため、ホームに停車した電車の中で
黄色いヘルメットと安全反射ベルトを身につけた小柴。
写真2
写真2:実際にホームから線路上に降りたところです。
後ろに停車中の電車の運転席には「訓練中」と書かれた
黄色と赤色の表示が掲げられています。
写真3
写真3:運転席の下にある連結器に実際に触れる小柴。
写真4
写真4:身体をかがめながら、ホームの下の避難場所に潜っているところです。
写真5
写真5:訓練中の電車の中で、他の視覚障害者のかたたちと撮影。
三人とも白杖を持っています。中央に立っているのが小柴です。
写真6
写真6:他の視覚障害者のかたも、実際にホームから
線路上に降りて、ひとりひとり実演を受けています。
* * *

暑さ一休み 近くの名所を歩く

 9月13日(日曜日)、涼しい風が吹いた曇り空に、青木マー君の同行で朝8時半から自宅の付近を散歩した。最初は同じ白金台2丁目の荏原製作所の初代社長の自宅とその傍の畠山美術館に出かけた。残念ながら休館だった。

写真1
写真1:畠山記念館。入口にてTシャツと半ズボンの私。

 続いて、5丁目の白金長者の邸跡の国立自然教育園を散策した。朝も早いせいか、ほとんど来館者はおらず、木々の中で都心と思えぬ森林浴が出来た。今にも咲きそうな大きな百合の蕾を触らせてもらった。山あり池ありの広大な邸跡で、草木の名前や季節の見頃の説明があった。目が見えないので、池の側は落ちるといけないので、残念だが近づけなかった。

写真2
写真2:国立科学博物館附属 自然教育園。

 続いて、お隣の東京都庭園美術館のお庭の見学をした。茶室の周りに大きな池があるのは日本庭園。西洋庭園で広い芝の上をゆっくり歩いた。

写真3
写真3:東京都庭園美術館、庭園内の日本庭園茶室前。

 目黒通りを8分ほど歩いて、目黒駅西口そばのビルの上層階の美術館に入ろうかと思ったが、Tシャツに半ズボンなので遠慮した。西口の権之助坂を少し下り東口に戻り、花房山通りを歩いて自宅に帰った。6キロメートルだったが、よいい汗をかいた。はやく代々木公園でアキレスの仲間と走りたいものだ。
 写真撮影は青木マーくんです。

* * *

※ 2020年8月以前の記事は「昨年までの情報」をご覧下さい。


ここまで本文